びーすともーど

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キューバ人が命を懸けて語ってくれた本当のキューバ

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実は、3月末にキューバに行ったのですが、あまりにもバケーションチックだったので、ほとんど記事にせずでしたが、このキューバでもとてもいい出会いがあったので、シェアさせていただきます

 

日本食屋さんで出会ったキューバ

 

ハバナ滞在3日目、私は夕食を頂くため、ハバナ日本食屋さん"Crepe Sayu"にいた。

 

カツ丼を注文し、ウキウキしながら料理を待っていると六人組のグループが入店してきた。

お店は8人ほど座れるテーブルと、カウンター席のみの小さなお店なので、自然と大人数のグループはテーブルに座る。

 

 

 

テーブルには私とそのグループ6人組。

 

 

ご存知の方も多いと思うが、キューバは英語教育が行き渡っていないため、英語を話せる人がほとんどいない。

首都ハバナですら英語でコミュニケーションを取れる人たちは、ほんのごく僅かで物を注文するときはスペイン語ジェスチャーを駆使しなければ何も伝わない。

 

今まで行ったスペイン語の中で唯一、Wi-Fiのことをウィフィーとそのまま読んでいる国だ。

そんな国だから、でももしかしたら観光客かもしれないし、友達になれたら面白いかな〜、、 と思いつつも

 

 

 

気づいた頃には6人組のうちの1人の女の子に話しかけいた私。

 

 

 

私 "do you speak English?" (英語話せる?)

 

女の子 "a little bit" (少しだけ)

 

私 "where you come from? (どっからきたの?)"

 

女の子 "here "  (キューバ出身よ)

 

キューバか、キューバ人も日本食食べるんだと思いつつも

 

私 「日本食をたべるのはじめてなの?」

 

女の子 「そう、だから今日は仲のいい友達とみんなで来たの」

 

彼女の名前はマリアン。

ハバナに住んでいる26歳の女の子。

 

この日は土曜日の夜だったので、友人と日本食を食べに行こうとなったそう。

 

その後、たわいもない話をしつつ、箸の使い方を教えてあげたり、スペイン語を教えてもらったりと、和気藹々とした時間を過ごした。

 

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(箸の使い方を教わる2人)

 

1つわかったのは6人グループのうち、英語が話せるのは2人。このマリアンが一番英語が上手で、となりに座っていたおじさんが少しだけ話せる。

 

 

 

 

コミュニケーションは取れる。

 

 

 

 

女の子 「このあと、私たち場所を変えて遊ぶんだけどよかったら一緒にどう?

 

このときは旅の一番最初だったので、警戒心のあった私。ただ、少しならいいかと思いついて行くことに。

 

 

 

向かったのは港。

 

 

 

 

ボトルに入ったラムを飲みながら、購入したてのセルカ棒でみんなで写真を撮りながらワイワイ次の場所へ向かった。身ぐるみ剥がされてこれからどこかに送られるんじゃないかと少し警戒していたが、彼らは愉快だった。

 

数分歩いた先にあった、海辺のカフェ。

 

ここで話そうと決め、私たちは席に座った。

 

 

ぼくらが世界で一番幸せな国民

 

席に座ったのは私、先ほど日本食屋さんで隣に座っていたおじさん、そして一言も話す機会がなかった長身のお兄ちゃんの3人だけで、他の4人は海辺で遊んでいた。

 

お兄ちゃんの名前はオスニエル。

 

すると、レストランでは一言も口を開かなかったオスニエルが一言。

 

オ「キューバ来てみてどう? イメージと違った?」

 

私 「うーん、なんかみんなすごいハッピーだよね、歌って踊って、幸せそうなイメージは想像通りだったかな」

 

オ 「きっとキューバに来る人の多くは、ぼくらがアメリカと国交を断絶しているせいで大変なんじゃないかとか、もの凄く苦しい生活をしているんじゃないかと思っている。」

 

私 「そのイメージは確かにあるかも、物が入ってこないって言うよね」

 

実際、ハバナにはコカコーラなど、アメリカの製品は存在しない。コンビニのような雑貨屋さんはあるものの、店内はほとんど空っぽだった

 

オ 「でもぼくらはこの問題にどう立ち向かっても解決しないことを知ってるんだ。ぼくの両親の世代は子どもたちのために問題を解決したいと必死に立ち向かった。だけど、時が経つにつれ、みんな諦め始めた。国民の士気も落ちてきた。最近野球のキューバ代表が勝ち上がれないのもそのせい。みんな何をしても無駄だと思い始めたんだ。」

 

 

おじさん 「だからせめて、こういう問題が起きている間でも、歌って踊って、ぼくらはいまこの国で起きている問題を楽しむしかないんだ。」

 

オ "物資が少ないのも事実、でもぼくらはそれ以上を求めることはない。その日与えられるものがピザ一枚ならそれを食べて終わり。それ以上は求めない。アメリカやヨーロッパの人たちは求めすぎるっていうよね?それが争うを引き起こす元になるんだよ。だからぼくらが世界で一番幸せな国民なんじゃないかと思う。 求め過ぎると誰かが幸せになれないことをぼくらは知っているんだ。

 

おじさん 「それにぼくらは小さい頃にスパゲティ一皿を食べていたけど、影で両親がそれ以下しか食べてないことも知ってた。だからそれ以上求めることはないんだよ」

 

私 「こういう話って、残念ながらあまり外の人は知らないんだよね。。。」

 

オ  「もちろんそう。なぜなら、キューバ国民は観光客と話すのを政府に禁じられているんだ。この国は観光業が主産業だから、観光客をものすごく大切にしている。現に、人口600万人のうち、300万人が警察として働いているんだ。街にもたくさん警察がいたでしょ? もし、いまぼくとしょーごがここで話しているのを警察に見られたら間違いなくぼくらは逮捕される。恐喝罪になるんだよ、無罪でも観光客と話したらその時点で脅しているとみなされてしまうんだ

 

私 「え!? 知らなかった、なのにいいのぼくなんかと話しして」

 

オ 「いいんだ、しょーごと話せてこれで逮捕されるなら本望。明日のことは明日考えればいい」

 

今までここまで私に熱心に語りかけてくれる人がいただろうか?

 

アツい話ができた人はたくさんいた。本音で語り合える友人もいる、だが、逮捕覚悟で、自分が牢屋に行かなければいけないというリスクをとってまでぼくと話してくれる人がいただろうか?

 

先述した通り、私はキューバがこの世界一周で二カ国目の国であり、若干彼に警戒心があった。だが、この言葉を聞いた瞬間、私も彼らと本気で向き合うべきだと思った。

 

 

日本人である事を誇りに思ってほしい

 

気づくと2時間を超えていた。カフェの閉店と同時に店を出て、さらに場所を移して話を聞くことにした。

 

オスニエルはこの街の出身の26歳、彼には日本が大好きな弟がおり、英語は自宅にあるプレステのゲームを通じて勉強した彼の英語力は、今まで訪れたどの国よりも英語リテラシーが低かったこのキューバのなかでは、群を抜いて英語が上手だった。

 

オ「僕はまさか自分の人生で日本人の友達ができるとは思ってなかったんだ、だから本当に今日しょーごに会えたことが奇跡なんだ。弟が聞いたら驚くと思うよ」

 

私「ぼくもまさかここまで深い話をできるなんて思ってなかったから、会えて本当によかった」

 

彼はあまりにも感動して半分泣いていた。

 

オ「いつか、日本に行ってみたいんだ。でも国はぼくらが国から出る事を許してくれない。たとえ、国が許してくれてもぼくらには航空券を買うお金がないキューバ国民の平均月収がいくらか知ってる?」

 

私「25CUCだっけ?」

 

オ「そう、ぼくたちキューバ国民はほとんどが公務員で平均月収は25CUC(約2,500円)10CUCの友達もいるよ。民泊を経営したり、タクシーを運転したりしている人はお金があるけど、公務員のぼくらにとってとても飛行機に乗るお金なんてないんだ

 

私「じゃあ今日食べたカツ丼は、、、」

 

オ「そう、カツ丼は2CUC(200円強)だったよね? 月に貰う給料の10分の1だから今日はご馳走だ!って日本食屋さんに来たらしょーごがいたんだ」

 

私「そうだったんだ、、」

 

オ「ぼくらは旅行もできないし、でも、唯一大学の教授やスポーツ選手は日本や海外に派遣されることがある

 

私「 デスパイネとかリナレスとかね」

 

オ「そうそう! ぼくにも日本の大学で教授を務めているキューバ人の友人がいる。だから、そういう人から日本はこういう国で、こんなものがあるだよ!って土産話を聞きながら、僕らが持ってた元々のイメージと照らし合わせるのが楽しみなんだ

 

私「日本文化ってここでも浸透してるの?」

 

オ「浸透してるなんてものじゃない。みんな日本の文化が大好きだよ。アニメだって漫画だってそう、遊戯王カードだって持ってるよ。日本に派遣された友人がお土産で買ってきてくれるんだ。いまは遊戯王カード自体が政府に禁止されてしまったけどね。それでもみんな遊戯王も大好きだよ。他にも日本の文化や日本のドラマをキューバの国営テレビが放送しているからね。みんなとても日本には詳しいよ」

 

あまりにもディープな話になってきて、言葉に詰まる私に肩を叩いてオスニエルが一言

 

オ「しょーご!君たちはもっと自分が日本人であうということに誇りを持って!君たちの文化は世界で一番美しいんだ。最近は西洋の文化を取り入れ始めてるようだけど、絶対日本の文化を残してほしい

 

彼は泣いていた。

 

はじめに話したマリアンをはじめ、他の5人は誰よりも英語が流暢な彼の英語を理解していないので、何を話しているか心配していた。

 

政府に関わるマイナスな発言をすれば、それすらも逮捕につながるらしい。他の5人は彼が何を話しているかずっと気にしていたのだ。

 

気づいたら日付が変わっていた。

 

私「そろそろ帰るね、弟と会ってみたいな。明日会えないかな?」

 

オ「ぼくは、明日仕事だけど、弟は行けると思う。」

 

私「あ、でも、、、連絡どうしよう」

 

そう、キューバにはインターネットがない。Wi-Fiを利用するときは大きな広場でWi-Fiカードなるものを300円で購入して連絡を取る。

 

彼らにとって300円は大きな金額だ。携帯は持っているが、インターネットを繋ぐのは週に一度ほどだそう。

 

私「じゃあ明日また同じ日本食屋さんで5時半に待ち合わせにしようか。待ってるから」

 

まさか、こんな小学生のときのような約束を23歳になってまでするとは思わなかった。

 

LINEやSMSを使って会う日時を決めるこの時代には余りにも懐かしく、新鮮すぎた。

 

オ 「わかった。弟に伝えておくよ、すごい喜ぶと思う」

 

最後は宿まで送ってもらった。何度もここで大丈夫!と伝えたが、きっちり宿まで送ってくれた。

 

ハバナの民泊の中で最安であろう1,000円のゲストハウスに宿泊していたが、「たった1,000円」なんて口が裂けても言えなかった。

 

彼らは10CUC/Night (1泊1,000円) の看板をみて驚いていた。

 

当然フェイスブックなど持っていなかったが、唯一最初に話しかけた女の子はフェイスブックに登録していて、他の連絡手段はEメールだった。

 

オ「次いつ連絡が取れるかわからない。来週かもしれないし、来月かもしれない、でも必ず連絡する。」

 

私「またいつか、絶対いつか会おう」

 

最後は全員と熱いハグを交わした。

 

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(最後にオスニエルと撮影した写真)

 

翌日、約束通り5時に前日彼らと出会った日本食屋さんにやってきた。

 

だが、彼の弟の姿はなかった。

 

何があったかはわからない。けど連絡手段がないため、いつから彼が現れるかわからない。結局30分待ったが、現れることはなかった。

 

 

 

 

あれが、彼らとの別れになってしまった。あまりにも濃すぎる夜だった。

 

 

 

 

キューバに住む、いわゆる観光客が会えないような、ふつうのキューバ人と出会い、彼らの思いを聞くことができた。彼らは与えられたものの範囲で満足する。Enough is enoughとはこの事なのかもしれない。問題でありふれたこの国の人間たちがぼくらは世界で一番幸せと言うのも納得ができるような気がした。彼らは問題が解決しないことを知っている、だから自分の人生を精一杯生き、そしてだれよりも楽しもうとしているのだ。

 

そして、オスニエルの言った通り、私たちは好きなときに好きな場所に行くことができる、世界中のことをされるチャンスがあるのだ。さらに、自分が彼らの憧れ、大好きな日本に生まれたということに改めて誇りを持ちたいと思った。

 

いまでも、マリアンとは数ヶ月に一回のペースでフェイスブックを通じて連絡を取り合っている。テクノロジーの発展に感謝。

 

もしかしたら、近い将来、アメリカとの国交回復により、キューバが大きな発展を遂げるかもしれないし、何も変わらないまま時が過ぎるかもしれない。

 

 

だが私は彼らに会うために必ずキューバに戻ってくると心に決めて2日後キューバを飛び立った。

 

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(Crepe Sayuでみんなで記念撮影。右隣がマリアン、青い服がオスニエル、黒い服がオスニエルと一緒に話をしたお兄さん)